2007年6月17日午前5時、Marrowが逝きました。
朝の4時半過ぎでしょうか、Marrowの声がしたので、急いで1階のリビングへ行くと、
昨夜寝かしたのは逆の方向に自分で動いたようで、苦しそうにしていました。
呼吸ができずに苦しむ姿に、少しでも楽な方向へと向きを変えました。
それもで、Marrowは前足を伸ばし、顔を伸ばし、目を見開き、呼吸がしたいと・・・。
ただ、苦しむ姿に、私がMarrowを引きとめたからなのかと、「ごめん」と涙がこぼれる。
このまま苦しむのは可哀想、いっそ、楽にしてあげたいと思ったほどです。
でも、Marrowの苦しみは想像以上、Marrowは目を開いたまま意識を失った。
それでも、心臓は強く鼓動しているのです。
もう、心臓を止めてあげたい・・・。
Marrowを撫でながらもう何もしてあげれない。
ふと、Marrowは意識を戻し、再び失神、そんなことが2回ほどあったのだろうか。
しばらくすると、心臓も止まった。
家族に看取られ静かに眠るMarrow。
今まで呼吸が苦しかったのだろう。
かつてないほど、安らかに眠っていました。
何も知らずにこの姿を見たのなら、Marrowが苦しんだことも知らず、安らかに
眠りについように思えます。
でも、Marrowはちゃんと私達家族を呼んで、最期を看取って欲しかったのでしょう。
そして、それができたことは、私が望んでいたことでもあります。
10時半、土岐にある動物霊園で葬儀をあげました。
最期のお別れの時、涙でMarrowが見えなかった。
私は必死で涙を拭いて、Marrowの顔をしっかりとこの目で確認してあげた。
それは、以前亡くした茶子にできなかったことだ。
茶子にしてあげれなくて後悔することはたくさんあった。
だから、Marrowには後悔がないようにできる限りのことをしたつもりだった。
でも、Marrowを延命させようとしたことがあんなにも苦しめることになったのだろうかと
考えることもある。でも、呼吸が止まっても鼓動を続ける心臓の強さを思うと
それがMarrowの強さなのだろうかとも思う。
私は家を出る時と最期の別れの時、Marrowの耳元で「ありがとう」とささやいた。
夕方、拾骨をする時、お寺の方がMarrowがいかに頑張ったか説明してくれた。
Marrowに与えたいた薬はそのまま残っていた。
胃も荒れて、転移もあったようだ。
そして、水曜日以来、ずっと我慢していたうんちもそのままだった。
Marrowは逝く前におしっこをした。
寝たきりになり、膀胱をおして用をさせようとしても、Marrowは極力我慢していたのか
なかなか出せしてあげれなかった。我慢できない時だけしていたのだ。
Marrowが元気な頃から私はよく、「Marrowが寝たきりになったら困る」と言っていた。
以前、大型犬の介護を見ていて、とても大変そうに思ったからかだ。
でも、Marrowが病気になると、寝たきりでもいいと思っていた。
Marrowが抵抗しなければ、私一人でも寝返りも排泄もしてあげれる。
生後1ヶ月やそこらのシーズーにカテーテルでミルクを与えた経験を思えば、
Marrowのでかい口に注射器でミルクや流動食を与えることなど楽勝。
犬なんて、一日の半分以上寝ているのだ。
我家の老犬は20時間くらいは寝ていると思う。
ただ、Marrowが生きて傍にいてくれればいいと思っていた。
Marrowはいつも私を見ていた。横になりながら、私を見ていたのだ。
それだけで、いいと思っていた。
そのために、布団のサイズも正方形にして、楽に方向転換できるものを準備したり、
色々と考えて、日曜日の朝はお掃除して、もう1枚カレンダーがめくれるかもしれないと
考えていたのに・・・。
Marrowが末期癌と宣告されて約50日、本当にMarrowはすごく頑張った。
誰もがそう言ってくれます。
「もう、いいよ。自由になれ!」
そして、ありがとう。10歳と6ヶ月で逝ったけれど、10歳と3ヶ月を我家で過ごしてくれました。
小さい時パルボにかかりお腹が弱く心配したこともあります。
でも、とてもやんちゃで家中の破壊活動で私を怒らしたことも、それ以上に
驚かし、笑わしてくれて、楽しませてくれました。
そして、何よりもMarrowを通して多くの良い方達に巡り会わせてくれました。
Marrow、ありがとう。
そして、Marrowに対して、色々とお心遣い頂きお世話になった方々にこの場を
かりてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
